みのわりょうたとは?とりあえず自分の歴史を書き記してみた。part1

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どうも、みのわりょうたです

 

このブログも立ち上げて半年ほど経ちましたが、よく考えたら、自分の事を知っている人以外にとっては

 

「みのわりょうたとは何者ぞ?」

 

状態であると思うので、改めて自分について、カンタンに書きたいと思います。

ザツなイラストといっしょに。

※一応プロフィールページにも自分について書いてありますので、この記事と合わせてご覧ください!

みのわりょうたの歴史

 

長野県・立科町にて生まれる。

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1988年の7月4日、僕は長野県の立科町という町に生まれました。

人口およそ8000人ほどの小さな町です。本当にど田舎。

「最寄り駅」とはなんぞやという、電車も通っていないのどかな町でした。観光地としては名が通っているらしいのですが、それも大人になって初めて知りました…。

 

幼少期

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とにかく自由に育ちました。

なんとなく自分で覚えているのは、とにかく落ち着きがなくて常に動いていた事。

授業中も上履き脱いでそこら中にふっ飛ばしたりとか、そんな感じ。

でも、何かに不満があるとかはなく、ただただ伸び伸び育ちましたね。

 

思春期

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中学生の時から、典型的な思春期の症状が出始めます。

女の子の顔がまともに見れないほどのシャイ少年となってしまうのです。男子相手にはそんな事ないのですが、なぜか女子を見ると自然に下を向いてしまうように…。

 

部活はサッカー部に所属。サッカーは楽しかったけど、あまり試合をするのが好きじゃなかったのです。

なので高校に入ったら、違う部に入ろうと考えていました。個人競技とか。今考えると、既に周り同じ行動をするのが性に合っていなかった感が出ていましたねぇ。

 

通信簿では大体3が多く、そこそこ4があり、5はたまーにしかない、ザ・普通な生徒でした。

(体育でサッカーをやった時、全員がボールに触れられる様にパスを出していたら、それで体育が5になりました。1回だけ。)

この頃から、何も取り柄のない自分がちょっとだけ嫌だなぁと思い始める。

 

高校初期

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地元の高校へ進学。理由は近かったのと、仲の良い友達・先輩がたくさんいたから、という事だけでした。

自分の入ったクラスはちょっとだけ問題児が多かった様で、入ったばかりはすごくびびってましたね…。

でも実際は個性的で面白い人が多くて、今でも付き合いのある良い友達もこのクラスで出来たから結果オーライ!

担任の先生はパパイヤ鈴木に瓜二つで、適当な性格で…そしてとても人情があり信頼されている美術の先生でした。先生には恵まれていたと思います。

部活はというと、中学時代の決心の通りサッカーには入らず、個人競技であるテニス部へ入りましたね。

理由は、昔から遊びでちょこちょことやっていたから。これは自分にあっていたスポーツだと思っています。そんなに強くはなかったけど、めっちゃ楽しかったです。

 

そして…高1で初めて彼女が出来たのですよ!!

この頃から女の子相手におどおどしてしまうシャイさが消えたので、それが何よりも嬉しかったんです…笑

 

高校後期

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高2の途中から、段々と進路について考える様になりました。

 

だけど、進学したい学校もなければ、働いている自分も想像出来ない、なんともいえない感じでした。

特に不安もなかったけど、まったく自分の未来が描けず今しか見ることが出来ない、そんな状態。

でもある日をきっかけにそんな自分が、未来を意識する様になったのです。

 

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ある日の帰宅途中、いつも通っている田舎道で、さらさらと揺れているすすきを見つけました。別に特別な景色ではないし、いつもなら普通に通り過ぎていた場所です。

でも、なぜかこの時は景色が気になってしまって、立ち止まってじっとすすきを見ていました。

 

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それをケータイで撮影してみると、なんだか楽しい気分になったんです。この時はじめて

「写真が仕事になったら、きっと楽しいんだろうなぁ」

という事が、頭に浮かんだんです。

まぁコンマ何秒後には

「そんなん出来る訳ないけど。」

とすぐに現実を見ていたんですけどね(笑)。「ケータイで写真撮って、写真家になりたい!なんてふざけた事あるか!」と自分にツッコミを入れて、さっさと家に帰宅しました。

 

ただ、この事がきっかけで「写真に関わる仕事ってあるのかな…?」と思い始め、写真の編集などを学べる専門学校を探すようになりました。

写真を撮るのは無理そうだけど、それに関わる事なら出来るかもしれないし…。という考えでしたね。まぁ安全な道ながら、興味のある事を仕事にしたいと、ちょっとずつ考え始めていたんだと思います。

 

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1つ、条件に合う学校を見つけました。

 

学費も入学金も安かった為、親へ相談。すんなりOKをもらいました。

担任にも「いいんじゃないか」と言われたので、進路確定!…という感じだったんですけどね。そうはいかなかったんですよ(笑)。

 

ある日、情報処理の授業の為にPC室へ向かったんです。

ちょっと早めに教室について、PCでネットを見ていた時でした。なんとなーく、写真家になる為の専門学校を検索してみたのです。写真の学校ってどんな感じなんだろ…?という、ただの興味本位です。

すると、東京都・渋谷にある日本写真芸術専門学校という学校を見つけたので、ホームページを見てみる事にしました。いかにもな名前だったんで、つい見たくなっちゃったんですよね。

 

検索サイトからサイト名をクリックすると、サイトのトップページが表示されました。

トップページには、在校生や卒業生、先生たちの撮影写真が載っていて、それがスライド表示されている、そんなページだったと思います。

そのスライドの中で、1枚の写真が目に入りました。

下半分は海の中、上半分は波が弾ける写真。青い海と白波が、日光によってキラキラ輝いている、そんな写真だったと思います。

 

#hawaii #shorebreak #sandys

Gregg Danielsさん(@beachboyphotography)がシェアした投稿 –

 

似たイメージでいうと、こんな感じの写真。

その瞬間、自分の体に電流が走る感覚があったんです。ビビッと。これは、マジで。。

本当にビビッとくるって感覚なんてあるんだって思った事、今でも覚えていますよ…。

かつて感じたことのない不思議な感覚で、そして特別な瞬間でした。

 

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このビビっとくる感覚を感じてすぐ、頭に浮かんできたのは

 

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「ここに行こう!」という文字でした。

 

もう…他に考える事などなく、この思いに素直に従う事にしました

 

上京へ。

 

とにかく、思ってしまったものは仕方がないのです!

 

なぜかこの、ビビッときた感覚を100%信じてしまい、もう自分は写真の学校に行くしかない、それしか道はないと、勝手に判断していました。

そうと決まれば、早く周りに伝えないといけません。

親も先生も、自分が既に進路を確定させているものだと思っていたので、改めて自分の思いが変わった事を伝えました。

 

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親も先生も驚いていたし、特に母親は若干戸惑っていたけど…先生が言ってくれた「りょうたは東京に出してあげた方が良い」という言葉により、親も首を縦に振ってくれました。

 

かくして僕は、写真というものを学びに、東京へと上京する事となったのです!勢いのまま(笑)。

 

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長野県の田舎で育った僕からして、東京はテレビの中の世界…。

家を出るのは本当に怖くて、上京の3ヶ月くらい前からずっと緊張していたのを覚えています…。しかも未知の写真というジャンルを勉強しに…不安しかありませんでした。

 

この時はまだ、東京という街が自分の人生にどんな影響を与えるのか、まさかそのまま10年間も東京にいる事となろうとは…想像も出来ませんでしたね…。

 

…と、こんな感じで、一旦終了です!

 

東京に出てからの話はまた追って、という事で。もしこんな人間の人生に興味がある方は、そこそこ楽しみにいてくださいm(_ _)m

 

それでは!!

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